ハンドボール界に訪れるデータ革命フィリップ・タンドリホルム氏が描く未来像
- Douglas Bewernick
- 2 日前
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本記事では、元ハンドボール選手であり、現在はデンマーク・スカンハンドボールでストレングス&コンディショニング(S&C)コーチを務める フィリップ・タンドリホルム氏 が、スポーツデータ、特に KINEXONシステム をどのように活用してチームの成功に貢献したかについて紹介します。

データとの出会いと新たな挑戦
現役時代、フィリップ氏がデータに触れる機会はほとんどなかった。最後の数年、ノルウェーでプレーした際にRPEを収集した程度である。しかし、引退後に修士課程に進んだことをきっかけに、本格的にデータ分析を学んだことで視野が一気に広がった。 サッカー界ではすでに一般化していたデータ活用をハンドボールにも応用できると確信した彼は、デンマークで初めてIMU(慣性計測ユニット)システムを導入したクラブ・コリングハンドボールで、実践的な取り組みを開始した。
データ活用の核心アプローチ
フィリップ・タンドリホルム氏のデータ活用は、徹底した調査と専門家との連携から始まった。
広範な文献調査と競技特性の理解
クラブ・コリングでIMUシステム導入を支援した際、フィリップ氏は分析システムの利用方法、選手負荷の追跡方法、関連指標の特定方法について「入手可能なものはすべて読む」という姿勢で膨大な文献を調査行った。 その過程で、スポーツにおけるデータ活用には普遍的な合意が存在しないことを理解した。また、ハンドボールはフットボールのような直線的走行を主体とする競技とは異なり、バスケットボール的な切り返し、レスリング的な接触、全身の非対称的な動作、瞬発的な加速を含む独自の運動特性を持つ。この競技特性の理解こそが、適切な指標選定の基礎となった。
KINEXON専門家との緊密な協力
IMUシステムが出力する膨大なデータには、直感的に理解しにくい独自の指標や抽象的な値が含まれている。フィリップ氏はKINEXONの専門家でと徹底的に議論を行い、その意味を解釈した。これにより、数百種類に及ぶ指標の中から実際のトレーニング設計に活用可能なものを抽出することが可能となった。
ハンドボールに特化した主要指標の選定
次に行ったのは、数百に及ぶ指標を「本当に使えるもの」に絞り込む作業である。最終的に、ハンドボールのワークロードを的確に把握し、練習と試合の強度比較を可能とする以下の3つの指標を選定した。
累積加速負荷 (Accumulated Acceleration Load) 選手が練習や試合中に行ったすべての加速を合算することで、活動量全体を測定する指標である。
運動量 (Exertions) 実際の動作の頻度や強度を定量化する、実践的かつ汎用性の高い指標である。
走行加速距離 (Running Acceleration Distance) 高強度および中強度の加速走行距離を測定し、練習と試合の強度を直接比較可能にする指標である。
これらの指標を基盤に、フィリップ氏は練習と試合の負荷を比較・分析し、選手が試合に必要とされる運動強度を練習で十分に再現できているかを把握した。最終的な目的は、複雑な数値をコーチが理解しやすい実用的な洞察に変換し、現場における意思決定を支援することであった。

分析で得られた新しい知見
週を通じた練習強度の均一性練習時間が長い日は「総負荷」が増加する一方で、1分あたりの負荷は試合と大きな差がないことが判明した。これは単なる練習時間ではなく、単位時間あたりの強度を重視すべきであることを示している。特に週に1試合しかない場合、序盤の日程でより高強度のトレーニングを実施する余地があったにもかかわらず、活用されていなかったことも浮き彫りとなった。
プレシーズンとシーズン中の強度比較 プレシーズンの練習は、シーズン中の練習と強度の面で大きな違いを示さなかった。これは「強度を段階的に引き上げる準備期」という本来の意図が十分に反映されていなかった可能性を示唆している。
ポジション特性と指標解釈 ハンドボールはバスケットボールやレスリング、ラクロスの要素を併せ持つ競技であり、衝突や非対称動作が多い。したがって、サッカーのように走行量を中心に捉えるのは不十分である。特にディフェンスやラインプレーヤーのように加速動作が少ないポジションでは、累積加速負荷だけでは実態を反映しきれないことが明らかになった。
不均等なワークロードの可視化 シーズン途中、右サイドバックの1人が移籍した際、残された選手が従来の2〜3倍の負荷を担っていることが即座にデータで明らかになった。これにより、スタッフは迅速に負荷調整を行い、過度な疲労を回避することができた。従来であれば「感覚」に頼るしかなかった領域を、データが補完した形である。
データの役割の再確認 最終的にタンドリホルム氏は「データは意思決定の代替ではなく補完である」と強調する。数値は直感だけでは見落とされる要素を浮き彫りにし、コーチの判断を支援・強化する。科学的分析と人間的洞察の融合こそが、現場で最も効果的なアプローチだと結論づけた。
データ活用の課題と克服の工夫
もちろん、データ活用には課題も存在した。IMUは選手がベンチで休む場面や水分補給をする際にも動作を記録してしまうため、分単位の指標が歪む「ノイズ」が発生しやすかった。
この問題に対し、タンドリホルム氏は交代やタイムアウトを細かく記録し、不要なデータの影響を最小化する工夫を重ねた。そして最終的には、「試合に40〜45分以上出場する選手のデータを基準とする」という実践的な解決策に到達。これにより、練習全体の強度を試合要求に照らして評価できる枠組みを確立した。
データがもたらす利点とコーチングへの影響
練習計画の最適化勘に頼らず、客観的数値に基づいた週次の負荷コントロールが可能となる。 練習と試合の負荷を比較・分析することで、曜日ごとの強度差やプレシーズンの状況を把握できる。 特に試合から遠い日の練習では強度を高める余地があることを特定し、効率的なトレーニング計画に反映できる。
怪我予防とリハビリの支援負荷の不均衡を定量的に把握することで、怪我リスクを未然に軽減できる。 右サイドバックの選手が他のポジションの2〜3倍の作業量を担っていたケースでは、即座にデータが警告を発し、スタッフが負荷を調整した。 さらに怪我からの復帰過程では、負傷前のデータを基準に段階的に負荷を増やし、安全かつ効果的なリハビリを設計できる。
ワークロードの可視化と意思決定の強化データは「勘」や「直感」では捉えにくい領域を補完する。 移籍や戦力変化に伴う負荷増加を客観的に提示し、即時の対応を可能にする。 またベンチや給水時に記録されるノイズを理解し補正することで、正確な負荷評価を実現。データは最終判断に取って代わるのではなく、意思決定の質を高める補助線として機能する。
長期的なパフォーマンス向上とチーム構築データの蓄積は、シーズンをまたいだ比較や傾向分析を可能にし、継続的な改善に役立つ。また、トラッキングシステムへの投資だけでなく、データを解釈し現場に翻訳できる専門スタッフの存在が不可欠である。 コーチとデータ担当者の連携が、チーム全体の成果を大きく左右する。
データ導入の注意点 フィリップ・タンドリホルム氏は、ハンドボールにおけるデータ活用について次の点を強調している。
即効性はない 「システムを導入すればすぐ成果が出るわけではない。ベースラインを確立するには少なくとも1年は必要である」。 データ活用はプラグアンドプレイ型ではなく、初期の「記述段階」を経て基盤を整えることが不可欠である。
人材投資の必要性 トラッキングシステムだけでは成果は出ない。 データを現場で活用できる形に翻訳するストレングス&コンディショニングコーチやデータサイエンティストの存在が不可欠である。
データは置き換えではなく補完 「データは意思決定を支援する道具であり、コーチの直感や人間関係を置き換えるものではない」。 数値は判断の精度を高めるが、最終的な意思決定はあくまでコーチに委ねられる。
自分たちに合った最適解を見つけること 競技特性が複雑なハンドボールでは、万能な指標は存在しない。 各チームが自分たちのスタイルに合った分析方法を模索し、全員が同じ方向を目指すことが重要である
まとめ
フィリップ・タンドリホルム氏は、KINEXONを活用したデータ分析によって練習計画の最適化や怪我予防を実現し、チームの成長に貢献してきた。データは即効性のある魔法ではなく、時間と人材への投資が必要だが、適切に活用すればチームを強くする大きな力となる。今後もデータはスポーツ現場に欠かせない存在となり、限られたリソースを持つチームにとっても革新の原動力となるだろう。
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※本記事は、下記を翻訳・加筆修正を行い、提供しております。
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