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ハンドボールのパフォーマンス科学:ポジション別アスリート管理とデータ活用の最前線

  • 執筆者の写真: Douglas Bewernick
    Douglas Bewernick
  • 2 日前
  • 読了時間: 13分

じめに

 近年、ハンドボール競技のトップレベルでは試合数・練習強度ともに増加傾向にあり、選手への身体的負荷はかつてないほど高まっています。シーズンを通じたパフォーマンス維持と怪我予防の両立が、チームの競争力を左右する時代となりました。こうした背景から、「感覚」や「経験」だけに頼った負荷管理には限界があり、データに基づく客観的なアプローチが不可欠となっています。 

 本記事では、ドイツ・ハンドボールブンデスリーガの現場で活躍するフィリップ・ヴィンターホフ氏(ハンブルガーSV、S&Cコーチ)と、キール大学病院のクリント・ハンセン博士(スポーツ科学者・バイオメカニクス専門家)の活用事例を紹介します。特にKINEXONから得られる選手データをハンドボールの現場でどのように実践活用しているか、その導入背景・課題・変革的な影響に焦点を当てています。


ぜ「客観的データ」が必要なのか


 トラッキングシステム活用が主流になる前のトレーニング管理は、コーチの目と経験に頼るものでした。それは今でも重要ですが、観察や主観的な感覚だけでは限界があります。ハンブルガーSVでS&Cコーチを務めるフィリップ・ヴィンターホフ氏によれば、優れたコーチはすでに選手の状態や必要なことを感じ取れており、データの役割はあくまでその直感を裏付けることにあります。スプリント量を増やしたい、テンポを上げたいといった提案も、数字が加わることでコーチとの議論に説得力が生まれるとヴィンターホフ氏は述べています。

一方で、トレーニングデータが映し出すのは選手の1日のごく一部に過ぎないため、データ過信への警戒も必要であると、クリント博士は指摘しています。睡眠の質やコート外での過ごし方はデータには現れず、数字はあくまで現状を可視化するツール。そこから何を読み取り、どう判断するかはユーザーにかかっています。


ーチを巻き込む:「データ共有の仕方」

 最新の計測技術を導入しても、コーチの賛同を得られなければ意味がありません。フィリップ氏が実践から得た教訓はシンプルです。


コーチへのデータ共有 4つのポイント

  • コーチが気にしている指標から始める直接負荷管理に使えなくても、関心のある数字を入口にする。そこから自然と「もっと知りたい」という関心が生まれ、コミュニケーションが促進される。

  • 見せ方をカスタマイズする折れ線グラフが好きなコーチには折れ線グラフで提供する工夫。見やすさがそのままデータへの信頼につながる。

  • タイミングを大切にするコーチは招集・戦術・リクルーティングなど日々の業務で多忙です。試合の2時間後に届く詳細な4ページのレポートより、翌朝の練習前に届くシンプルな1枚の方がはるかに役に立ちます。データを届ける側が、伝わる形に言語化してパイプ役となることが求められます。

  • いきなり全部見せない段階的に提示することが重要。情報を一度に出しすぎると、コーチが遠ざかってしまうこともある。


 コーチは招集・戦術・リクルーティングなど日々の業務で多忙です。データを届ける側が、伝わる形に言語化してパイプ役となることが求められます。

また、ハンセン博士は「共通言語」の重要性を強調します。「ロードという言葉ひとつとっても、コーチによって理解がまったく異なる。クラブ内で用語を統一し、さらにはリーグ全体で定義を揃えることが、データを実際の意思決定に活かすための土台になる」と述べています。


ータを受け取るのは誰か

 データを活用するのはコーチだけではありません。チームのパフォーマンスを支えるスタッフ全員が見たい情報はそれぞれ異なります。


スタッフ別・注目すべき指標

  • ヘッドコーチ

練習全体の量と強度の把握が優先事項。「今日はハードだったのか、軽かったのか」というシンプルな文脈を求めている。数値をそのまま送るだけでは不十分で、どのドリルで、どのポジションの選手なのか、背景と文脈を明確に伝えることが重要。

  • フィジカルコーチ(S&C)

高速走行・加速距離・スプリント数・方向転換・ジャンプ回数をポジション別に管理し、週単位の負荷を設計する。

  • フィジオセラピスト

負荷の密度や強度に注目し、慢性疲労や故障リスクを抱える特定の選手を細かくモニタリング。


リハビリの段階的復帰プロセスにも活用できる。

 ACLなどの非接触性傷害からの復帰においては段階ごとに達成すべき身体的閾値が存在し、データを用いてその到達度を確認しながら次のステップへ進むことが重要です。フィリップ氏は前回のセッション比で10%増という具体的な数値目標を設定することで、感覚ではなく根拠を持って負荷を調整できると述べています。


手へのデータ共有:関心度と世代差

選手が活用する主な指標

  • 最高速度(スプリント速度):自分がどれだけ速く動けているかを把握する最もわかりやすい指標。試合・練習ごとの変化を本人が直感的に理解しやすい。

  • 個人の総走行距離・スプリント本数:試合や練習セッションでの貢献量を客観的に確認できる。ただし、ポジションが異なる選手との単純比較は誤解を生む。

  • セッション間の変化率:前回比での上昇・低下を見ることで、自分のコンディションの波を自覚するきっかけになる。


ただし、選手全員がデータに同じ関心を持つわけではありません。


フィリップ氏は、選手へのデータ共有はスタッフ主導で一律に行うより、関心度に応じて対応を変えることが重要だと述べています。データに興味を持つ選手には試合後や練習後に個別でフィードバックを行い、関心の薄い選手には無理に押しつけない。チーム全体に向けては、特に良い結果や改善が必要な局面でロッカールームでのプレゼンテーションを実施し、現在地と目標を共有します。


 また、練習中のスピードランキング上位5名・下位5名を可視化することで、選手間の自然な競争心を引き出す工夫も取り入れています。強制せずとも数字が貼り出されることで、選手自らデータに目を向けるようになるといいます。

 世代間の違いも大きな要素です。ベテラン選手はデータへの関心が薄いケースが多い一方、若い選手はスマートフォンで睡眠や運動を日常的にトラッキングしており、データへの親和性がもともと高い傾向にあります。さらにアカデミー段階からセンサーを装着させ、数年かけてデータ文化を身につけさせることが、長期的には最も効果的なアプローチだとフィリップ氏は指摘しています。


こうした視点の違いは、一つの重要な原則を示しています。それは、「処方の前に、記述がある。」ということです。解決策を提示する前に、まず現状を正しく把握すること。データはあくまで現状を可視化するツールであり、そこから何を読み取り、どう動くかはユーザーの力の見せどころです。


ジションごとの身体的負荷の違い

 ハンドボールの特性として、ポジションによって練習・試合での身体的要求が大きく異なります。この点がデータ管理を難しくも興味深くしています。

  • Wing(ウィング)

高速走行の中心。コート上で最も走行距離と高速走行距離が多いポジション。速攻時には真っ先に相手ゴール前に到達しており、スプリント管理が最重要課題となる。

  • Back Player(バックプレーヤー)

方向転換回数とジャンプシュートが多く、膝・腰への累積負荷が大きい。1回の練習で累積ストレスが試合並みに達することもあり、コーチの感覚とは大きく異なる実態がある。試合数とシュート本数の把握が怪我予防の鍵を握る。

  • Pivot(ピボット)

接触負荷への対応。走行距離は少ないが、密集した接触プレーにさらされる頻度が高く、身体的・精神的ストレスの管理が重要。外的負荷の指標だけでは全体像をつかみにくい。

  • Goalkeeper(ゴールキーパー)

フィリップ氏はゴールキーパーの評価を現場の未解決課題として挙げます。走行距離やスプリント数といった一般的な指標ではパフォーマンスの実態をつかみにくく、60分間の集中力と瞬時の反応こそが彼らの本質であるため、通常の負荷指標とは別の視点が必要だと述べています。そこで、コーチが目で見て経験から判断してデータとして捉えようとするアプローチが、今後のGK評価の可能性として議論されています。


落としのリスク:「軽い練習」が実は高負荷

 ハンセン博士が特に強調するのが、測定しなければ見えない負荷の積み重ねです。ハンドボール特有の例として、選手が交代時にベンチへ向けて全力ダッシュする場面があります。この走行が試合中の最高速スプリントとして記録されてしまうケースは少なくなく、ヒートマップを確認すると最速スプリントがベンチへのルートに集中していることもあると博士は指摘しています。


 戦術確認やポジション修正のドリルも同様です。軽い練習と見なされがちですが、反復によって負荷はあっという間に積み上がります。拮抗した接戦や延長戦が通常の試合をはるかに上回る負荷になることもあり、すべての活動を記録して初めてこうした実態が見えてくるとハンセン博士は述べています。測らないものは管理できない。この原則がデータ管理の根幹にあります。


測定時の注意点

  • 交代時のダッシュなど、ゲームと無関係の高強度移動が数値に混入しやすい

  • 試合の前後半だけで負荷を判断するのは危険。激しい拮抗試合は延長や退場者の増加で実質的な負荷が跳ね上がる

  • ウォームアップやクールダウンを含むすべてのセッションを記録することが不可欠

  • 代表活動中などデータの空白期間が発生した場合は、復帰後の負荷設計に特に注意が必要


ッカーからの学びと、ハンドボール固有の限界

 では、何を指標にすべきか。その問いに向き合うとき、両氏が共通して参照するのがサッカーの先行事例です。ただしハンセン博士は、サッカーの分析手法をそのままハンドボールに適用することの難しさも同時に指摘しています。フランスのJB Morin氏が提唱した速度×加速度プロファイル理論は、プレミアリーグをはじめ多くのクラブで導入されており、選手ごとの能力曲線から最適な負荷閾値を導き出す手法として確立されています。しかしハンドボールコートは短く、選手が40メートル以上を一気にスプリントする場面はほとんどありません。サッカーで有効なこのプロファイリング手法が、ハンドボールでも同様に機能するかどうかはまだ検証が必要な段階です。


 分析環境の差も見逃せません。サッカー界には分析用のPythonパッケージやオープンデータが豊富に存在しますが、ハンドボールの分析環境はまだ非常に限られています。スペイン・アリカンテ大学などが欧州ハンドボール連盟(EHF)のデータを用いた研究を進めているものの、知見が分散しており横断的な連携が取れていないのが現状です。サッカーの失敗や試行錯誤から学べることは多い。だからこそ、ハンドボール固有の特性に合わせた指標と分析手法を、現場と研究者が協力して一から築いていく必要があると博士は強調しています。


こから始めるか

 「何から手をつければいいかわからない」フィリップ氏も導入当初はそう感じたといいます。6年間の実践から得たアドバイスはシンプルです。


  1. まずは収集から始める

最初の半年はデータを集めることだけに専念する。一貫した蓄積が、のちの判断基準になる。

  1. 指標は2〜3個に絞る

最初から全指標を追うのは禁物。フィリップ氏は「高速度走行距離・加速距離」「スプリント距離」「累積加速度負荷(Accumulated Acceleration Load)」の3つを軸に据えた。理解が深まってから次の指標に進む。

  1. 「ハードな日」と「軽い日」のベンチマークを作る

数値の絶対値より「今日は高い・低い・平均的」という文脈の理解が重要。試合日からの逆算(MD-1、MD-2、MD-3)でセッション別の目標値を設定する。

  1. 負荷は「練習メニューの中」に組み込む

不足した走行距離を「練習後の補足走行」で補うより、ドリルや練習ゲームの中に組み込む方が選手の受け入れもよく、ゲームの文脈の中で自然に負荷をかけられる。

  1. 購入前に使っている人に話を聞く

システム導入後活用に難しさを感じるケースは多く、まず現場の実践者に質問することが、最短の学習ルートになる。


ーズン全体で「文脈」を育てる

 単発のデータより、シーズンを通じた文脈の蓄積がはるかに価値を持ちます。プレシーズン・シーズン序盤・中盤・終盤・ポストシーズンでは、それぞれ負荷のパターンが異なります。1年間のカレンダーを通じてデータを集めることで、練習設計の精度が飛躍的に高まります。現状の把握を積み重ねて初めて、具体的な介入が可能になるのです。


 ハンセン博士は代表活動期間中のデータ空白問題にも言及しています。クラブと代表チームの間でデータが共有されなければ、選手が戻ってきたとき何が起きていたかわからない。疲弊した状態で帰ってきても背景が見えないまま通常メニューに戻してしまうリスクがあります。


 ハンセン博士はバレーボールとの比較を挙げながら、ハンドボールにおける規範値策定の必要性を指摘します。バレーボールではジャンプ管理のプロトコルがすでに確立されており、適切な本数やタイミングが数値として共有されている。ハンドボールにはまだそうした基準がなく、今こそリーグとして共通の規範値を作る時期に来ていると述べています。


 フィリップ氏は、コーチとの信頼関係を積み上げながら少しずつデータを提供していくことが、長期的に最も効果的なアプローチだと述べています。急いで結果を求めるのではなく、時間をかけて関係性とデータの両方を育てていくことの重要性を強調しています。


ーグ・大学・EHF:データで競技全体を前進させるために

 ハンドボール・ブンデスリーガ(ドイツ)の各クラブは、原則として他クラブの試合データにアクセスすることが可能です。しかし実際に活用しているケースは少なく、フィリップ氏がリーグ内で定期的に情報交換しているのは1チームのみとのことです。データは存在するのに、それを活かす連携の仕組みがまだ整っていない。これが現状の課題です。


 ハンセン博士はこの状況を変えるために、クラブ・大学・リーグが一堂に集まるリサーチサミットのような場の必要性を提唱しています。研究発表の場に限らず、現場の指標が何を意味するのか、どのデータがパフォーマンスや怪我予防に実際に結びつくのかを実務者と研究者が共に議論する場が、今のハンドボール界には必要だと述べています。


 先進事例として挙げられたのがオランダ代表チームです。専任のデータサイエンティストとスポーツサイエンティストを配置し、組織的にデータを活用する体制を整えており、ハンドボール先進国として成果を上げています。ドイツでもドイツハンドボール協会(DHB)やEHFがこうした方向に舵を切ることで、競技全体のレベルアップにつながると博士は述べており、まず現場にいる一人ひとりが知見を共有することが、その第一歩になるとしています。


とめ

 ハンドボールにおいて、ポジションごとの身体的特性を踏まえたデータ活用は、チーム運営の多くの側面を前進させます。データは「答え」ではなく、コーチと専門家が対話するための共通言語です。その言語を少しずつ習得していく過程こそが、チームのパフォーマンス向上につながります。焦らず、まずデータ収集から始める。2〜3の指標に絞り、文脈を積み上げる。そして選手・コーチ・スタッフが同じ言語でデータを語れるようになったとき、はじめてデータは本当の力を発揮します。


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※本記事は、KINEXONスポーツウェビナー「Handball: How Can Player Performance Data Support Better Decisions in Elite Handball」(登壇:Philip Vinterhoff氏・Clint Hansen博士)の内容をもとに翻訳・加筆修正を行い、提供しております。

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