プロハンドボールチーム〜実践的ロードマネジメント戦略〜
- Douglas Bewernick
- 15 時間前
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はじめに
近年、エリートスポーツにおいては、トレーニング負荷の変動を正確に把握することが、パフォーマンスの最適化と疲労・オーバートレーニングの予防の両面において極めて重要と
なっています。長いシーズン、多数の試合、さらに選手ごとに異なる出場時間や回復状況が重なるハンドボールにおいては、トレーニング負荷の管理は非常に複雑になります。
その中でS&Cコーチは、重要な試合前にピークパフォーマンスを発揮させることと、長期的にパフォーマンスを維持しつつ傷害リスクを低減することを両立させることが課題となっています。
この課題を解決するためのアプローチが「ピリオダイゼーション(周期的トレーニング計画)」であり、その実践を支えているのが、日々のトレーニング負荷を精密にコントロールするロードマネジメントです。
本記事では、2023年12月〜2024年3月の約4か月間にわたって実施された研究(Holm & Randers, 2025)をもとに、試合に向けた週内の負荷変動とプレシーズンの設計戦略について解説します。数値に基づいた実践的なロードマネジメントの考え方を提示し、現場で活用可能なヒントを提供します。
研究概要
本研究では、以下の対象チーム・選手のプロフィールおよび外的・内的負荷の測定方法に基づき分析を行っています。
【対象チーム・選手】
チーム:デンマーク・トップリーグ所属プロハンドボールクラブ
対象選手:フィールドプレーヤー13名(ゴールキーパー、育成選手、離脱者を除く)
年齢・身体特性:25 ± 3歳、192 ± 5 cm、96 ± 11 kg
期間:約4か月(2023年12月〜2024年3月)
セッション数:トレーニング42回、試合12試合
【外的負荷の測定】
測定ツール:IMU(慣性計測ユニット)KINEXON ※肩甲骨間に装着し、100Hzで計測
主な指標:
Total Distance (m)(総移動距離)
Accumulated Acceleration Load (au)(累積加速度負荷)
Acceleration Load (Distance)加速度距離
Exertions(高強度加速回数)
【内的負荷の測定】
測定ツール:sRPE(セッション主観的運動強度)※Borg CR-10スケール(1〜10)を用い、セッション終了5分後にアプリで回答
主な指標:
sRPEスコア(1〜10)
sRPE負荷(sRPE × セッション時間[分])
データが明かす、1週間の負荷の流れ
試合日(MD)を基準に各トレーニング日のデータを集計した結果、週の中で負荷のかかり方に明確な特徴が見られました。

① 「週前半が高負荷、試合前日が最低負荷」という構造
総移動距離と累積加速度負荷のデータを見ると、週前半のMD+2(試合2日後)およびMD≥−3(試合3日前以前)が最も高い値を示し、試合に近づくにつれて段階的に低下する「テーパリング構造」が鮮明に確認されました。
試合日基準 | 総移動距離 | 累積加速度負荷 | セッション時間 | 距離/分 |
MD+2(試合2日後) | 5,129 ± 183 m | 610 ± 21 au | 92.2 ± 1.8 分 | 56 ± 2 m/分 |
MD≥−3(週前半) | 5,390 ± 159 m | 644 ± 18 au | 94.7 ± 1.5 分 | 57 ± 2 m/分 |
MD−2(試合2日前) | 3,880 ± 133 m | 487 ± 15 au | 78.2 ± 1.3 分 | 51 ± 2 m/分 |
MD−1(試合前日) | 3,171 ± 126 m | 407 ± 15 au | 69.1 ± 1.2 分 | 48 ± 1 m/分 |
MD(試合当日) | 2,807 ± 156 m | 389 ± 18 au | 77.0 ± 0.9 分 | 37 ± 2 m/分 |
プレシーズン | 4,910 ± 143 m | 601 ± 16 au | 93.7 ± 1.3 分 | 54 ± 2 m/分 |
特に注目すべき点として、MD−1の移動距離はMD+2と比較して約38%減(5,129 m → 3,171 m)となっており、試合直前に疲労を除去するための意図的な設計が行われていることが示されました(p < 0.05)。
② 試合当日(MD)は「量が少なくて強度が高い」

試合当日の外的負荷は週内で最も低い値を示しましたが、これはベンチ待機時間を含むためです。実際のオンコート時間は平均29.4分(全体の約38%)であり、試合は短時間高強度の活動で構成されています。
そのため試合は、「動く量は少ないが、動く内容は最も激しい日」であることが確認されました。
③ sRPEは外的負荷の低下に比例しない
外的負荷が試合に向けて低下する一方で、sRPEには統計的に有意な差は見られませんでした(p > 0.05)。
「重要な知見」 試合当日のsRPE負荷は、総移動距離やセッション時間が短いにもかかわらず、週初めのトレーニングと同程度でした。これは試合に伴う精神的・身体的プレッシャーの大きさを示しています。選手にとって試合は、「運動量が少ない=負荷が低い日」ではなく、負荷の質が異なる特別な日にあたります。
④ プレシーズンは「週前半の高負荷」と同じ水準
シーズン中の「週前半の練習(試合2日後など)」と、体力を徹底的に高める「プレシーズン」とでは、ほぼ同等の負荷レベルでトレーニングが実施されていることが明らかとなりました。 具体的な比較は以下の通りです。
プレシーズン vs シーズン週前半:練習の負荷(キツさ)はほぼ同じ水準
プレシーズン vs シーズン週後半(試合直前):試合直前の練習は、プレシーズンと比べて練習時間や走る距離がはっきりと少なく調整
このデータが示しているのは、「シーズンが始まってからも、週の前半にはプレシーズン並みのハードな練習を意図的に続けるべきだ」という事実です。試合に向けて練習を軽くする日を作る一方で、週の前半にはしっかりと量と強度を確保した練習(維持刺激)を行うこと。このメリハリこそが、プレシーズンでせっかく積み上げた体力をシーズン終了まで落とさないための最大のカギとなります。
現場への応用:データ活用のポイント

1. 1 週マイクロサイクルの設計(曜日割り)
試合日(MD)を基準とした「曜日割り」によって、パフォーマンスを最大化する週間構造を構築できます。
MD+1:完全オフ 試合後の回復日として、身体的・精神的なリセットを最優先
MD+2:フィットネス回復・刺激日 試合翌々日から高負荷へ復帰する。ハンドボールの回復特性を踏まえ、ボリュームのあるセッションで体力刺激を再導入
MD≥-3:体力維持・向上のコアゾーン 週内で最も高い負荷を設定する。スプリント、加速・減速、戦術練習を組み合わせ、体力刺激を最大化
MD-2:移行・調整日 負荷(量・強度)を段階的に低減し、技術・戦術の確認に重点を置く
MD-1:アクティベーション日 移動距離を大幅に抑え、神経系の活性化と精神的準備に集中する。過度な負荷は避ける。
MD:パフォーマンス発揮日 外的負荷は低く見える一方で、強度の質は週内最高となる。試合後はsRPEを用いて内的負荷を必ず評価
2. プレシーズン設計(体力の貯金)
プレシーズンは、試合の影響を受けずに高ボリュームのトレーニングを実施できる唯一の期間です。この期間に構築した体力水準が、シーズン全体の基盤となります。
一方で、強度はシーズン中と大きく変わらない傾向があるため、2部練習による疲労蓄積や、筋力トレーニングとのバランスには注意が必要になります。
重要なのは、プレシーズンで獲得した負荷水準を、シーズン中の週前半(MD+2およびMD≥-3)において維持する意識を持つことです。
3. ベンチメンバーへの補完トレーニング
試合日における外的負荷は、出場時間の差によって個人差が大きくなる。特に出場機会の少ない選手は、試合による身体刺激が不足しやすく、フィットネス低下のリスクがあります。
そのため、sRPEを用いて各選手の負荷状況を把握し、刺激が不足している選手には週内で個別の補完トレーニングを実施することが求められます。
4. 外的負荷と内的負荷の統合的評価
外的負荷(移動距離や加速度など)が低い場合でも、内的負荷(sRPE)が高くなるケースは少なくない。これは試合のプレッシャーや対人プレーの強度など、数値に現れにくい負荷の影響によるものです。
したがって、外的負荷と内的負荷を定期的に照合し、両者に乖離が見られる場合には、個別にコンディションを確認する運用が重要となります。
データが持つ限界と今後の展望
本研究は1チーム13名を対象としたものであり、ポジションや戦術、コーチング方針の違いによって数値は変動し得る点に留意が必要です。
また、試合当日のデータにはベンチ滞在時間が含まれるため、MDの数値を単純な「絶対値」として評価するのではなく、加速度ゾーン比率などの相対的指標を用いて強度を捉える視点が重要となります。
今後取り組むべき課題
01|連戦時(48時間以内)のマイクロサイクル設計
国際大会などの過密日程を想定し、短期間での回復とパフォーマンス維持を両立するテーパリング戦略の検証が求めらます。
02|ポジション別の最適負荷設計
バックプレーヤー、ウィング、ピボットといったポジションごとの役割特性に応じた、個別最適化されたトレーニング設計の構築が必要です。
03|女性選手への応用
本研究は男性選手を対象としているため、女性アスリートにおける負荷特性の検証と、それに基づくプログラム設計が今後の課題となります。
04|長期追跡による傷害予防との連動
負荷管理と傷害発生率の関係性を明らかにするため、縦断的なデータ蓄積と分析が求められます。
スポヲタが提供するテクノロジー
弊社は、日本のスポーツ界に先進的なスポーツテクノロジーを導入し、選手の怪我予防やパフォーマンス向上を支援しています。本記事で紹介した事例のように、「KINEXON」をはじめとするテクノロジーを活用することで、データに基づいた意思決定と現場に即した運用を実現します。
導入をご検討中のチーム・団体の皆さまや、コラボレーションをご希望の方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
用語解説
テーパリング:競技パフォーマンスのピークを試合に合わせるため、直前の数日間にわたってトレーニングのボリュームを段階的に減少させる手法。蓄積疲労を除去しながら、これまでのトレーニングで得た体力・技術・心理的準備を最大限発揮できるよう調整すること。
ピリオダイゼーション(周期的トレーニング計画):短期(週単位)・中期・長期のサイクルを組み合わせて、体力の向上と試合への最適なコンディションを両立させるトレーニング計画の概念。
sRPE(セッション主観的運動強度):選手がセッション後に自身の疲労感をスケールで評価した値に、セッション時間を掛け合わせた内的負荷の指標。
IMU(慣性計測ユニット):加速度センサー・ジャイロスコープ・磁気センサーを組み合わせた小型装置。GPS電波が届かない屋内でも動作量・加速度・衝撃などを精密に計測できる。
本記事はこちらの論文を元にしております
Holm, P. A. T., & Randers, M. B. (2025). Internal and external training and match load quantification during in-season and pre-season in professional highly trained male team handball players. International Journal of Performance Analysis in Sport. https://doi.org/10.1080/24748668.2025.2518889



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