• Ryunosuke Osaki

海外から学ぶスポーツ科学 Vol. 8 ~S&Cコーチを目指すスポーツサイエンス・インターン記~

 本シリーズではこれまで、独自で海外の文献を見つけ引用し、それらの結果や有益と考えられているメソッドを発信してきた。しばらく期間が空いたが、今回から、オーストラリア留学を通し、運動負荷マネジメントの権威とされるTim Gabbett氏からの教育や大学院の各授業で得られたインサイトから、傷害予防とパフォーマンス向上の観点から、お話させて頂きたいと考えている。そして、各項目の最後には、弊社が取り扱っているKINEXONを、如何に応用できるかについても触れていきたいと考えている。


 今回は、運動負荷マネジメントを通した傷害予防についてお話しさせていただきたい。前回までの本シリーズ(特に第2〜5回)において、Acute:Chronic Workload Ratio(ACWR)を中心的に取り上げてきた。しかし今回は、運動負荷マネジメントを通した傷害予防に関して、ACWRだけではなく、さらに深掘りしたお話をしていきたいと考えている。


1. Athlete Monitoring Cycle


 運動負荷マネジメントを実施する際、外的負荷(External Load)、内的負荷(Internal Load)、主観的健康度(Perceptual Well-being)、アスリート準備性(Readiness)という4つの要素を含んだAthlete Monitoring Cycleを念頭において考える必要がある。これは、傷害予防においても、パフォーマンス向上を図る上でも同じことが言える。

上記における全ての基準は「負荷」である。トラッキングデバイスを導入しているチームでは外的負荷を、導入していないチームでは主観的運動強度(RPE)などの内的負荷を基準として、このサイクルを実行するのがセオリーかと考えられる。

下記の図1に則り、A、B、Cで説明させていただく。


 A. 外的負荷vs内的負荷

  外的負荷(総走行距離など選手の運動量・質)をRPEなどの内的負荷により、どの程度身体適応が起こっているのかをモニターする必要がある。双方の値が高値を示す場合は負荷の軽減を、双方が低値を示す場合は負荷の増加を、と負荷管理にとって有益なインサイトを得られる。また、外的負荷が比較的低値を示しているにも関わらず、内的負荷が高値を示している場合には、身体的に何かしらの不適応が起こっている可能性が高いため、これらを見抜きアプローチを加えることが、傷害予防の観点から非常に重要である。


 B. 負荷vs主観的健康度

  次に、主観的健康度(睡眠の質や主観的疲労度、主観的筋肉痛など)のスコアと負荷を照らし合わせることも重要になってくる。例えば、主観的健康度のスコアが低い状態が続く中で、負荷をかけ過ぎる、またはかけ続けると傷害に繋がるというのは想像に容易い。従って、主観的健康度に合わせて、選手個別に外的負荷もしくは内的負荷をモニタリング・コントロールすることが求められる。一方で、負荷値が比較的低い値を示しているにも関わらず、主観的健康度も低値を示している場合には、選手が生活の中でのストレスや生活スタイルに何か原因があることが考えられるため、そこに対するアプローチもチームスタッフと連携して行なう必要性もある。主観的健康度スコアが低い事により傷害発生率が増加したという報告もあるため、負荷値(外的・内的)だけに着目するのでは不十分と言えるだろう。

 C. 主観的健康度vsアスリート準備性

  アスリート準備性とは、アスリートが次の練習や試合に向けての準備性が高まっているか、前のセッションからの回復がなされているかをカウンタームーブメントジャンプ等の評価を基に判断する指標である。準備性の欠如は、これまでのセッションからの回復がなされていないという判断もでき、このまま負荷をかけると傷害リスクは高まるであろう。しかし、一方で準備性が高まっていないという事で、筋-神経系のアクティベーションを行なったり、下肢関節への負荷の少ない運動処方をする事も一つのアプローチとして押さえておく必要がある。「準備性が低いからと言って、必ずしもトレーニングに制限をかけるという判断をしてはいけない」というのが、運動負荷マネジメントに関わる多くのコーチが誤解している点であると、Athlete Monitoring Cycleを説明した論文の中で指摘されていた。

(図1)Athlete Monitoring Cycleを図式化したもの


2.高負荷・低負荷と傷害発生の関係


 図2は、負荷の程度が傷害発生やパフォーマンス向上にどのような影響を及ぼすか、スポーツ科学者の話を聞き、筆者が図式化したものである。今回は、この図を下に、傷害発生の観点から述べたいと思う。

 下記の図の「Low Workload(低負荷)」とは、ゲームデマンドに満たない負荷の蓄積やリハビリからの練習合流の際に起こりうる。ACWR:0.8以下で表されるように傷害のリスクは高まるし、低負荷による体力(Fitness)を上げられない事、それに伴うパフォーマンスの低さが傷害リスクの増大に繋がる。傷害や再発のリスクが高まると、容易に負荷を上げることは出来ない。結果として、パフォーマンスも上がらない、傷害リスクは高まるという悪循環になってしまう。

 漸進的に負荷を高める事ができれば、傷害発生のリスクは軽減され、パフォーマンス向上に繋げることができる。しかし、ACWR:>1.5や>2.0というように、急激に負荷を上げ過ぎると、傷害発生のリスクは高まるため注意したいところである。

(図2)高負荷・低負荷と傷害発生リスクの関係性


3.モデレーター(Moderator)


 度々耳にするのが「なぜACWRが0.8~1.3の”Sweet Spot”に収まっているのに怪我が起こったのか、なぜACWRが1.5以上の”Danger Zone”なのに怪我が起こらなかったのか」というACWRを傷害予防の絶対的手段として期待し過ぎるが故の疑問である。このような疑問は、運動負荷マネジメントに関わっている世界中のコーチ陣も同じ疑問を持っており、Tim Gabbett氏が様々な国や地域でワークショップを開く際にも、そのような疑問が頻繁に投げかけられるそうである。オーストラリア留学するまで筆者も同じことを考えていた。数年前Tim Gabbett氏らの研究チームがACWRという概念を発表して以来、本人たちの意図とは違い、「ACWRは傷害予防の全てだ」と言わんばかりに、世界中の研究者やコーチ陣の間で広まっていった事が原因とのこと。では、なぜ、上記で例に挙げたような疑問が起こるのか。その答えの幾つかとして、今回最初に説明した内的負荷による身体のレスポンスや主観的健康度などAthlete Monitoring Cycleを構成する要素が関わっているため、それらの要素を省いてACWRだけで判断しようとすると、正確性が損なわれる可能性がある。そして、もう一つがモデレーター(Moderator)と言うものである。(さらに関わっている要素はあるが。)

 モデレーターとは、年齢や傷害既往歴、トレーニング既往歴、下肢筋力、有酸素性能力など、傷害リスクの増減に関与する因子のことである。ACWRが高い値を示していたとしても、その選手が高い有酸素性能力や下肢筋力を持っていたとするならば、その選手の耐性は高くなり、傷害発生のリスクは低くなると考えられている。一方で、有酸素性能力や下肢筋力が低かったり、年齢が高い、傷害既往歴も多岐に渡るという選手がいたならば、ACWRが”Sweet Zone”で収まったとしても、傷害リスクは高いであろう。また、Chronic Workloadも一つのモデレーターと考えるもの良いかと思われる。Chronic Workloadを漸進的に高めることは傷害リスクの軽減に繋がると考えられており、ACWRのみに着目するのではなく、その選手のChronic Workloadの量にも着目するべきだと謳われている。このように、モデレーターは選手によって、千差万別である。そのため、チーム全体でのトラッキング・モニタリングに加えて、個別でそれぞれの選手に合った負荷の程度を確立する事が望まれる。

(図3)赤で記したようにモデレーターなどにより、ACWRだけでは見抜けない傷害発生リスクがある


(図4)Chronic workloadは高い方が傷害発生リスクは減少する


4. 最後に -KINEXONでできること-


 上記の赤で囲んである図1における外的負荷(External Workload)や図2の負荷(Workload)のところで、KINEXONから得られるデータが有益に働く。選手が試合中や練習中に走った総走行距離や高強度で走った合計距離、ジャンプに関する指標、合計加速度を基に導き出されるKINEXON独自の指標などが、上記の外的負荷や負荷と表現した部分にあたる。このKINEXONデータを元に、内的負荷や主観的健康度と関連させたモニタリング・マネジメントにより、傷害予防の正確性がさらに増す事が期待される。また、内的負荷とされる心拍数を測定する他社の心拍モニターとも連携が可能になっているのも強みである。

また、モデレーターは個人間で差があることから、個別でのマネジメントが重要であると述べた。これに関しても、KINEXONのレポート機能を操作することによって、容易に個別でマネジメントするためのフォーマットを作成することが可能である。

 最後に、傷害発生にかかわる因子は多数あるが、KINEXONなどトラッキングデバイスから得られる外的負荷・データをAthlete Monitoring Cycleの中で効果的に活用することで、傷害予防に繋がると考えている。


本文:尾﨑竜之輔

1995年6月19日生。長崎県出身。現在はオーストラリア在住。大学卒業後、フィリピンへ語学留学。2021年2月よりThe University of Southern Queenslandに在籍(初年度はパンデミックの影響により日本でオンライン授業)。「傷害予防こそが、選手がパフォーマンスを最大限に発揮する一番の鍵だ」と信じている。スポヲタ株式会社で、インターンとして勉強させていただている。


参考文献

Gabbett, T. J. (2020). Debunking the myths about training load, injury and performance: empirical evidence, hot topics and recommendations for practitioners. British journal of sports medicine, 54(1), 58-66.


Hulin, B. T., Gabbett, T. J., Caputi, P., Lawson, D. W., & Sampson, J. A. (2016). Low chronic workload and the acute: chronic workload ratio are more predictive of injury than between-match recovery time: a two-season prospective cohort study in elite rugby league players. British journal of sports medicine, 50(16), 1008-1012.


Lathlean, T. J., Newstead, S. V., & Gastin, P. B. (2022). Elite junior Australian football players with impaired wellness are at increased injury risk at high loads. Sports Health, 19417381221087245.


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