長崎ヴェルカのデータ活用最前線B.LEAGUE初のロードマネジメント・スペシャリスト誕生
- Douglas Bewernick
- 8 時間前
- 読了時間: 16分
近年、スポーツの現場ではトラッキング技術の進化により、これまで主観や経験に頼っていた負荷管理や練習強度の設定に、客観的なデータが活用されるようになってきました。B.LEAGUEにおいても、長崎ヴェルカは2024-25シーズンから最新鋭のトラッキングシステム「KINEXON(キネクソン)」を導入。今シーズンからはディレクター・オブ・スポーツパフォーマンスの中山氏、さらに同リーグ初のポジションとなるロードマネジメントスペシャリストとして尾崎氏を迎え、体制を強化しています。
トラッキングデータの活用は、練習強度や負荷の管理にとどまらず、コーチングスタッフや選手とのコミュニケーションの質の向上にもつながっています。導入初年度の試行錯誤を経て、どのような発見や工夫があったのか、中山氏と尾崎氏に話を伺いました。

中山佑介氏
【略歴】
合同会社TMG PLUS 代表(’23-)
長崎ヴェルカ Director of Sports Performance(’21-)
TMG athletics 代表(’18-23)
Cleveland Cavaliers Assistant Athletic Trainer兼Performance Specialist/Scientist (’13-'18)
Michigan State University Ph.D. in Kinesiology (’09-’12)

尾崎竜之輔氏
【略歴】
長崎ヴェルカ Load Management Specialist(’25-)
The University of Southern Queensland M.S. in Sports Science ('21-'22)
―キネクソンの導入初年度は、どの指標をどのように追っていましたか?
中山氏:主に注目していたのはMechanical Load(メカニカルワークロード)の数値です。練習前後の個人ワークや試合におけるメカニカルワークロードの指標を第一に確認していました。なぜメカニカルロードを選んだかというと、業務が多く、追える指標が限られる中でAccumulated Acceleration Load (AAL)とメカニカルロードのどちらをメインにするか検討した結果です。AALはライブで数値を確認できるメリットがありますが、バスケットボールは平面での動きの負荷が大きく、その点を反映するメカニカルロードを重視しました。また、コーチとのコミュニケーションを円滑にするため、最もシンプルにデータを取得できる数値としてメカニカルロードを選択しました。
―コーチングスタッフや選手とのコミュニケーションはどのように行っていましたか?
中山氏:そもそもキネクソンのシステム導入の背景には、前ヘッドコーチ(HC)がワークロードを重視していたことがあります。練習量の設定や管理に関する意見も反映してくれました。2024-25シーズンから就任した新HCも同じく、こちら(パフォーマンスチーム)からのインプットを踏まえた練習全体のボリューム調整や、数値を元にした練習メニューの設定を全面的に理解・支持してくれました。コミュニケーションについては、コーチ自身の経験から、メインの練習前後の選手の練習量が把握できていないことによるオーバーワークや、必要以上の時間、ストレスがかかっている状況を認識していました。そのため、パフォーマンスチーム、アシスタントコーチ(AC)、HCの間で「なぜ測定するのか」「それを元にプログラミングを行う意図」を共有し、足並みを揃えることからスタートしました。特に印象的だったのは、HCが「全体練習前後のワークアウトで負荷をかけすぎてしまうと、全体練習の質を下げてしまう」という強い表現を用いて重要性を共有したことです。これにより、数値を意識することの重要性が全員に理解され、良好なコミュニケーションの土台が築かれました。
―ではベンチマークの設定はどのように行いましたか?
中山氏:最初に行ったのは、新HCがどのような練習を組み立てるのかを理解することでした。そこで、(新HCが)ニュージーランドにいた時の練習メニューや映像を共有してもらい、まずは練習内容の把握から始めました。ドリルごとの大枠を確認し、実際の数値と目標の差を見ながら、プレシーズンを通して数値設定とプログラムの精度をすり合わせていきました。新体制での練習開始から1か月後には、パフォーマンスチームが設定したメカニカルロードの目標数値をHCに共有し、8月の3~4週目には高い精度で目標数値に落ち着くようになりました。各ドリルの詳細な数値化は当初できていませんでしたが、HCからの要望はありました。当時は、労力面で難しい部分もありましたが、これまで使用されてきた数値を基に現在のデータを活用していました。HCが期待する精度で数値化を行うには専門家が必要であり、その背景が、ロードスペシャリストである尾崎がチームに加わったきっかけとなっています。
―どのような方法でチームにデータをフィードバックしていますか?
中山氏:各ドリルの数値については、まずスキルセッションとメイン練習が分かれている場合、スキルセッションのデータのみを先に抽出するなどの工夫を行っています。ただ基本的には、メカニカルロードの目標値と実際の数値との差を中心にフィードバックしています。選手への状態レポートでは、その日のターゲットや避けて欲しい動作の共有に加え、に加え、前日までのデータを反映させたものを共有しています。ACも、どの程度の負荷が、どう数字に表れているかについて最初は把握できていなかったため、まずは30分で強度5という設定でスタートし、その数値が安定するかを手探りで確認していました。短期間でおおよその数値を把握できるようになりました。ドリルについてはパフォーマンスチームで全体時間を設定・提案して、その枠組みのなかでHCがドリルの内容と時間を決めています。HCに前提知識や経験があったため、想定より早くデータを練習に活用できており、その点は非常に恵まれていると認識しています。加えて、HCが常に新しい情報を欲していることもあり、データ活用の協力体制が非常にスムーズに進められています。昨シーズンのドリルに関する数値の実態は不透明な部分がありましたが、今シーズンからは尾崎がドリルインデックスを作成し、実際の数値と強度を細かく可視化できるようになっています。
―キネクソンの使用前と使用後でパフォーマンスチームのアプローチにどのような変化がありましたか?
中山氏:大きな変化のひとつは、ウエイトトレーニングの位置付けに関する判断でしょうか。基本的にウエイトトレーニング中はキネクソンを使用していませんが、メカニカルロードの数値を参考にして、トレーニングのボリュームを調整することが可能になりました。これまでウエイトトレーニングのボリュームや種目数の判断は主観に頼る部分が大きかったのですが、キネクソンのデータを活用することで、客観的に判断できるようになり非常に助かっています。トレーニングの位置付けとしては、身体を強化し守ることが重要であり、ワークロードが高い場合でもウエイトトレーニングを完全になくすことはありません。しかし、その中でボリュームや種目数を調整する際に、データを基に適切に判断できるようになった点が大きな変化です。
―キネクソンを活用していくなかで新たな発見や得られた重要な情報・洞察はありましたか?また、それらは何でしたか?
中山氏:印象的だったのは、シューティングドリルのワークロードが想像以上に高かったことです。逆に、5 on 5などの実戦形式では、主観的には負荷が高く見えても、実際の数値ではそこまで大きな差が出ないこともありました。ここには「数字」と「主観」の間にギャップがあると感じています。特にコーチ陣から見るとギャップを強く感じやすい部分なので、パフォーマンスチームがその理由を説明し、見解を提示することは非常に重要だなと思います。主観と数値に差があるとき、それを放置すればデータへの不信感や疑問につながってしまうので、メカニカルロードだけでは拾えない要素も踏まえ、キネクソンで得られるデータに加え、インターナル(内的負荷)や主観の情報を組み合わせたフィードバックを行うよう意識が変化しました。
―キネクソンの活用を通して、コーチングスタッフの意思決定に寄与できた点はありましたか?

尾崎氏が共有しているレポート:練習の負荷レポート(計画と実際の比較)
中山氏:そうですね、大きく2つの場面で寄与できたと思います。
1つ目は、練習メニューの設計や負荷管理です。メカニカルワークロードの数値推移をもとに、練習全体のボリュームやドリルごとの負荷設定を調整することができました。これまでは主観に頼る部分が多かったのですが、客観的なデータを基に判断できるようになり、練習の質を安定させることに繋がっています。
2つ目は、リハビリや復帰プロセスでの活用です。脳震盪から中長期の怪我まで、それぞれの事象に対する復帰において、負荷を段階的に上げていく場面でAALのライブデータが非常に有効でした。「これ以上は負荷をかけたくない」というタイミングをリアルタイムで判断できるので、安全に復帰プランを進めることができました。
―キネクソンの導入後、選手に意識の変化はありましたか?
中山氏:大きな変化がありました。 これまで自然に行っていた練習前後の取り組みに対しても、メディカルチームやコーチングスタッフがしっかり注目しているという理解が、選手の間に共有されるようになりました。その結果、「練習前後の活動も負荷がかかっている」という認識が選手に芽生えたのは大きなポイントだと思います。もちろん、コントロールするためではなく、正しく把握することが重要であるという点は丁寧に説明しました。そのうえで、練習全体をどう最適化していくかを考える意識が選手にも広がったと感じています。
―シーズンの重要な局面に選手のピークを持ってくるにあたって、キネクソンが役に立った場面はありましたか?
中山氏:昨シーズンも今シーズンも同様ですが、目標を設定していても、必ずしも計画通りにはいかないのが現場です。その日の練習の雰囲気や、設定した数値に到達するために練習をこなすかどうかは状況によって変わります。そのような中で、毎回の調整を行う際に数字のフィードバックがないと、次の練習内容をどうするかが主観的な判断になってしまいますが、キネクソンの数値があることで、客観的に練習を調整できています。特にシーズンに向けてピークを調整する過程で、この点は非常に大きな助けになりました。シーズンが始まれば、ある程度パターン化されるため、細かい調整は少なくなりますが、個々の選手に合わせた調整は必要ですし、特に、2~3か月にわたるプレシーズンの計画を考えるうえでは、この数値なしには成り立たないと感じています。その意味で、キネクソンは非常に重宝しています。1年間キネクソンを活用して感じた課題として、同じ数値でも選手への負担が異なることが分かりました。例えば、ワークロードを300に設定した場合でも、それを練習前に行うか練習後に行うのかで、身体への影響は異なります。こうした違いをどのように客観的な情報として扱うかが、今後の重要なテーマです。また、選手の反応が異なる際には、心拍数やRPEなどの内部負荷の指標を組み合わせて解釈することも可能ですが、その精度を高めることも課題です。これらの知見が蓄積されれば、より現場に即した対応が可能になると考えています。一方で、1年間で有用なデータを手に入れることができ、コーチ陣もデータに関心を持ち実際に活用してくれる環境がある中で、データを最大限に生かすには専門家の存在が必要だと感じました。その意味で、尾崎がチームに加わってくれたことは非常に大きかったと思っています。今後は、尾崎が行っている業務やチームへの貢献の意味を、チーム内だけでなくより広く発信できるようにすることに取り組みたいと考えています。これにより、バスケットボール界やスポーツ界に価値を提供できると同時に、チーム全体のデータ活用の土壌づくりにもつながると考えています。
―「ロードマネジメント・スペシャリスト」はスポーツパフォーマンス領域におけるBリーグ初の専門職ポジションとなりますが、どのような業務内容になるのでしょうか?
尾崎氏:主な役割は、練習中のキネクソンや心拍数の計測、練習後のRPEのヒヤリングになります。練習後にはワークロードの数値を整理し、練習全体の負荷設定について提案することも大きな仕事の一つになります。 特に開幕に向けての期間では、各練習の負荷設定をどのように設計していくかを提案することが重要になります。もちろん最終的な決定はHCが行いますが、HCが練習で実現したい目的を最大限サポートできるよう、データを活かして負荷設定を導くことが、このポジションの役割だと考えています。
―パフォーマンスチームとの役割分担やコーチングスタッフ・選手とのコミュニケーションはどのように行っていますか?
尾崎氏:私が長崎に来てまず驚いたのは、スタッフのレベルの高さでした。例えば、私が練習での負荷の数値をS&Cコーチに共有すると、それをもとにすぐにプログラムを組み、ウエイトルームで「体を強くする」「ケガから守る」といった観点を重視しつつ、負荷のさじ加減を的確に調整してくれるんです。また、メディカルスタッフやS&Cコーチがそれぞれ独立して動くのではなく、練習やワークアウトでかかる負荷を考慮しながら全体のプランを立てている点も素晴らしいと感じます。コミュニケーションの流れとしては、中山さんを中心に情報を共有し、中山さんからHCへ提案していく形が基本です。ただし、ロードマネジメントに関しては、私自身が直接HCに話を持っていくこともあります。
―今季、着目している指標は何ですか?また、それら指標の推移・傾向をどのように分析されていますか?
尾崎氏:まず昨年から使用していた「メカニカルロード」に着目しています。AALとメカニカルロード、それぞれのメリット・デメリットを改めて整理し、再検討した上で、今季もメカニカルロードを主軸に進める方針になりました。分析の方法としては、立てたプランとアクチュアル(実際の数値)との差分をグラフ化し、フィードバックとして可視化しています。見やすい形に落とし込むことで、比較もしやすく、HCからも高評価をいただいています。また、シーズン開幕に向けたプランについては、2か月前からロードマップを策定しました。具体的には、どのタイミングでオーバーロードをかけるか、テーパリングをいつから始めるか、Back-to-back(2連戦)がBリーグにはあるので、そのシミュレーションをどの時期に行うか、設定値に満たなかった場合のトップアップ(補足練習)対応をどうするか、といった要素を織り込みながら推移を確認し、随時調整しています。HCもこうした傾向や分析結果を反映して練習プランに活かしてくれています。
―2連戦の負荷に耐えられるように準備をしているということですが、具体的には何をされてますか?
尾崎氏:具体的には、注目していたのは「ロード(負荷)・特にボリューム(量)」の部分になります。インテンシティ(強度)自体は、本チームの練習体系上、高くなるため特に調整はせず、試合1日でかかるメカニカルロードを2日連続で出せるように、ロード・特にボリュームに着目した練習を行っていました。
―以前、メカニカルロードを基盤にした「ドリル・インテンシティ・インデックス(ドリルの強度指標)」の作成に取り組まれていたと伺いましたが、現在はどのように活用されていますか?また、変更点などはありますか?

尾崎氏が共有しているレポート:ドリルレポート
尾崎氏:現在は「ヴェルカ・インテンシティ・インデックス(VII)」(笑)という独自のインテンシティ指標を作成して取り組んでいます。これは、練習中に出た数値とHCの主観のギャップの疑問にどう向き合うかを考える中で生まれたものです。たとえば、5 on 5の練習と言った練習では、客観的にも主観的にも高強度な練習となります。しかし、シューティング、あるいはノンコンタクトの練習では、断続的に動き続けるドリルが多いため、per/min(1分あたり)の数値がコーチの感覚よりも大きく出るケースもあり、そのギャップを埋める必要がありました。そこで、メカニカルロードやAALといった従来の指標を基盤としつつ、加速・減速、ジャンプ着地、継続的なポストアップなど「爆発的で負担の大きい動作」を反映するために「エグザーション(高強度エフォートの回数)」という要素を加えました。さらに、選手自身の主観的な感覚も掛け合わせることで、外的負荷と内的負荷をつなぐ新しい指標を設計しました。その結果、VIIはコーチの感覚と一致する部分が増え、現場での受け入れも進んでいます。ただし課題として、VIIをどのように練習設計へ具体的に反映させていくかはまだ模索中です。現状では、VIIを直接使うよりも、メカニカルロードとエグザーションを主要な指標として扱った方が運用しやすいかもしれません。今後は「何分行えばどの程度の数値になるか」といった、時間との関係性を整理しながら議論を深めていく必要があると考えているんですけど、VIIがあることでコーチとスタッフの間に生じる感覚的なギャップを埋めることができるのは大きな意義だと思っています。不信感を生まずにデータを活用し続けるためにも、この指標は重要な役割を果たしていると思います。

(キネクソン専属スポーツサイエンティストとVIIについて議論する尾崎氏)
―HCやコーチングスタッフへのキネクソンのデータを用いたコミュニケーションに対して工夫している部分はありますか?
尾崎氏:一番大切なのは、キネクソンのデータから「何を求めているのか」をしっかり聞き出すことだと思います。昨シーズンは中山さんがその部分をうまく引き出してくださったことで、HCとの関係性がスムーズで、データを現場で活用する流れを作ることができました。求められている内容に対して的確にデータや意見を提供することが必要で、自分も「ここまで具体的に求めてもらえるのか!」と驚いた部分があります。HC自身が求めている情報をA4の紙にまとめて送ってくれた内容を受けて、 要望に応える形で練習ごとに分かりやすく可視化しています。このようなニーズに対応するために、データを正しく理解する力と、適切にビジュアライズするスキルが不可欠だと感じています。
―キネクソンの活用を通して、今季最も成し遂げたい目標について教えてください。
尾崎氏:勝つことだと思います。HCは明確に掲げる目標ややりたいことを持っている方なので、データが最大限活かせるよう、負荷設定を調整していきたいです。オーバーワークにならないよう注意しつつ、選手が健康的にプレーできる状態を保つ負荷管理を行い、最終的な目標である勝利に向けて、HCのプランをサポートできるようにしてきたいです。
―(リーグ初となるロードマネジメント専門職への就任を受けて)今後、Bリーグのスポーツ科学領域全般がどのように変化・進化していくと予想していますか?また、どのような変化を期待していますか?
尾崎氏:現在、BリーグではS&C(ストレングス&コンディショニング)担当者がデータを活用することが主流ですが、今後はS&Cコーチとしてデータを活用するのか、それとも私のようなスポーツサイエンティストという専門職の立場でチームに関わるのか、正直どのように変わっていくのかは不明です。バスケ界ではデータ活用がまだ十分ではないため、どの立場であってもデータへの理解を深め、他競技の分析方法や可視化手法を参考にしつつ、バスケに特化した分析・可視化方法を確立していきたいですね。そのうえで、実際にデータを活かすのはコーチです。そのため、コーチのデータリテラシーを高めることも重要になります。長崎の場合、コーチングスタッフのデータ理解が深く、協力的であるため非常にやりやすい環境です。今後は、コーチとスポーツサイエンティストが互いに尊重し合いながら、コーチのフィロソフィー(哲学)に対応できる能力やデータの専門性を深め、選手のパフォーマンス向上や怪我のリスク低減に役立てられる体制が整っていくことに期待しています。 スポヲタが提供するテクノロジー
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