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海外から学ぶスポーツ科学 Vol. 2~S&Cコーチを目指す、スポーツサイエンス・インターン記~


本シリーズの第1回目では、NBAやスペインのバスケットボールリーグにおける傷害の疫学研究を紹介させていただいた。練習量の増加に伴う傷害発生の増加や下肢に頻発し、中でも膝の傷害が圧倒的に重症度のリスクが高い事、傷害はシーズンで日を追うにしたがって増加する傾向にある事を示した。試合においてベストパフォーマンスを発揮するため、シーズンを通してトレーニングを積みスキルアップを図るうえで、傷害予防の取り組みはトレーナーやS&Cコーチの非常に重要な仕事の一つである。


第2回目は、傷害予防の一つのメソッドとして、筆者が豪州の大学院にて研鑽を積んでいるAcute Chronic Workload Ratio(ACWR: 急性と慢性負荷の割合)を紹介させていただきたい。


1.Acute Chronic Workload Ratio (ACWR)


トレーニング負荷に対して耐えられるだけのトレーニングを積めているかという判断や、傷害発生リスクを予期する事により傷害予防に繋げるメソッドである。

オーストラリアのスポーツ科学者Tim Gabbett やBilly Hulinによって紹介されたメソッドで、Acute Workload を疲労、Chronic Workloadをフィットネス(どれだけトレーニング詰めているか、“準備“できているか)と位置付けた数値を計算式に当てはめたものである。最も典型的な計算方法として、Acute Workload(直近の1週間の負荷)をChronic Workload(その4週間の負荷の平均)で割った数値(割合)をトレーニング周期において、マネジメントするという方法である。


(式)Acute Workload ÷ Chronic Workload = ACWR


この計算式から得られた値を、0.8-1.3(”Sweet spot”)に収まるようにマネジメントすると傷害発生のリスクを抑えれるというものである。逆に1.5を越すと傷害発生のリスクが高まるとされている(”Danger Zone”)。また、ACWRが低すぎる事(0.8未満)も推奨されていない。この場合、傷害発生リスクが’Sweet spot’より高くなっている事に加え、負荷を上げることになると、数週間後に”Danger Zone”に陥る可能性が高い。下記に添付したグラフは、オーストラリアンフットボール、ラグビー、クリケットの研究をもとに作られたものである。


今後、バスケットボール含め様々な競技におけるACWRの研究や実践例についてお話させていただきたい。自らが関わる競技でロードマネジメントする際のヒントにしていただければと思う。また、応援している選手のACWRについて興味を持つファンがでてきたら面白い。その他、ACWRの計算式に関すること、さらには近年議論されているACWRの課題についても、本シリーズを追ってお話しさせていただきたいと考えている。

(図1)ACWR : 0.8-1.3の”Sweet Spot”が推奨されている

2.バスケットボールにおけるACWRを活用した研究


近年、ACWRの研究や実践報告は世界中で行われている。ACWRの有効性を述べたアイルランドの大学等でスポーツ科学の教鞭をとっているGriffinらのシステマティックレビュー(エビデンスとしての信頼性が高いとされる)では多くの競技に関する研究が用いられている一方(オーストラリアンフットボール: 7件、サッカー: 6件、ラグビー: 3件)、バスケットボール に関しては1件のみであった。その1件の報告について説明させていただきたい。

これは、オークランド工科大学でスポーツ科学を研究していた現MLBシアトル・マリナーズのスポーツ科学コーディネーターであるWeissらのACWRと下肢の傷害との関係性に関する研究である。この研究でのACWRは、セッションRPEを上記の式に当てはめ算出している。セッションRPEとは、自覚的運動強度(RPE)(1973年にスウェーデンの科学者Borgが開発した10段階の主観的な運動強度の評価法)の0「何も感じない」から10「非常にきつい」の指数を選手から聞いて、その値を練習時間で乗じた値のことである。

NBL(オーストラリア・ニュージーランドのプロバスケットボールリーグ)の選手を対象に行なわれた研究である。結果として、ACWRが1.0 – 1.49の時に傷害の発生が最も少なかった(36%)。その他のACWRの範囲とその傷害発生率を見てみると、< 0.5: 54%、0.5 – 0.99: 51%、> 1.5: 59%という結果となっている。この研究において、有意な差は出ていないのだが、上記でも説明出せていただいた”Sweet spot (0.8-1.3)”に近づけることで(この研究:1.0-1.49=36%)、傷害発生のリスクを軽減する事ができるのではないかと考える。


しかし、気付いた方もおられるのではないだろうか。ACWRを説明した上記のグラフによると、”Sweet spot”に収めた場合の傷害発生リスクは3 - 6%となっているにも関わらず、結果としては、大幅に多い36%となっている。この理由としては、バスケットボールの特徴の一つでもあるチームメンバーが少ないことに起因するのではないだろうか。 だからこそ、怪我はチームの目標達成に悪影響を及ぼすとも考えられ、傷害予防が非常に重要である。さらに「足関節や膝関節、腰に any symptoms (何らかの異常)を感じたら、傷害としてカウントした」と傷害の定義が述べられている。そのため、傷害発生率が高くなったという理由に加えて、ACWRにおける推奨値を外れると、主訴なり何らかの異常を来たす可能性が高い事が窺えるという興味深いインサイトが示されている。


3.ACWRの現場での活用や今後の可能性


ジュニアなどの年代では、高精度のデバイスを用いた運動負荷管理における傷害予防は難しいと予想される。しかし、このセッションRPEで運動負荷をモニタリングできると、コストがかからず簡便に傷害予防へのアプローチができるだろう。

また、プロフェッショナルレベルのチームにおいて、トラッキングデバイス等を用いているチームでは、外的負荷(総走行距離や高強度走行距離、加減速回数など)からACWRに当てはめてモニタリングする事は、有益な情報を得られる手掛かりになると考える。前述の通り、バスケットボールにおけるこのような研究は、他の競技に比べて少ない。そのため、これらをバスケットボールの現場へ応用できると、さらに実践的なインサイトが得られる事が期待される。


本文:尾﨑竜之輔

1995年6月19日生。長崎県出身。大学卒業後、フィリピンへ語学留学。2021年2月よりThe University of Southern Queenslandへ入学(パンデミックの影響により日本でオンライン授業)。「傷害予防こそが、選手がパフォーマンスを最大限に発揮する一番の鍵だ」と信じている。スポヲタ株式会社で、インターンとして勉強させていただている。


参考文献

Blanch, P., & Gabbett, T. J. (2016). Has the athlete trained enough to return to play safely? The acute: chronic workload ratio permits clinicians to quantify a player's risk of subsequent injury. British journal of sports medicine, 50(8), 471-475.


Griffin, A., Kenny, I. C., Comyns, T. M., & Lyons, M. (2020). The association between the acute: chronic workload ratio and injury and its application in team sports: a systematic review. Sports Medicine, 50(3), 561-580.



Weiss, K. J., Allen, S. V., McGuigan, M. R., & Whatman, C. S. (2017). The relationship between training load and injury in men’s professional basketball. International journal of sports physiology and performance, 12(9), 1238-1242.

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